脱テクニックから内定獲得へ

3)脱テクニックから内定獲得へ
B大学の内定を最終選考で逃し、精神状態はまさにドン底でした。
その悪い流れにはまってしまったのか、翌週に受けた某大学の最終選考も
立て続けに落としてしまいました。

この時点で手持ちとして残っていたのはD大学だけでした。
しかも、D大学は書類通過したばかりで、これから1次選考という状況です。
D大学はB大学と同じく若干名採用ですが、好立地ということもあり
数百名規模の応募が予想されます。
1名採用なら300倍、2名採用でも150倍の難関です。

私はD大学の1次選考を受けに行った日のことを、今でも覚えています。
乗り換え駅の改札の前で、何度も引き返そうとしたのです。
すでに転職活動初期に感じたような興奮など無く、転職市場で評価されない
プレッシャー
に押し潰されそうでした。

それでも、後生だからとD大学の1次選考に臨みました。
集合場所に集まった応募者は30人くらいだったと思います。
午前午後の開催なので、計60人ほどが受験していたのではないでしょうか。

その日の1次選考は、面接官2人との個人面接でした。
面接テクを習得していた私は、1次選考は余裕でパスする自信はありました。
また、ドン底の結果続きで開き直っていたせいかもしれませんが、
かなり強気の発言をしていたような気もします。

そんなとき、面接官の1人から意外な発言がありました。
大学経営も厳しいので、そのくらい野心的であった方がいいね、と。
このアドバイスには目から鱗でした。
それまでの私は、面接はノーミスで終えることが最優先だと思っていました。
言い換えれば、ミスさえ無ければ評価してもらえるものだと思っていましたが、
その考えを改めることになったのです。

確かに、ミスばかりでは話になりませんが、最終面接のように密度の濃い
集団の中での競争になると、ノーミスはアピールポイントになりません。
体操競技で例えるなら、加点のようなものが必要であると考えたのです。
1次選考の結果は翌日にメールで通知され、手応えどおり通過していました。

翌週、D大学の2次選考は、筆記試験と面接でした。
集合時間に試験会場へと集まったのは20人ほどだったと思います。
SPIと一般常識については短時間ながら準備をしていたので、筆記試験で
上位得点を狙う自信はありました。
しかも、得意中の得意である「図形の断面」の問題が5問くらい
出題されたため、解答時間も節約できたはずです。

筆記試験後は4レーンほどに分かれての面接となりました。
その面接で私は勝負に出たのです。
ノーミスで乗り切るための面接テクを使うのは同様ですが、発言の端々に
「撒き餌」を散りばめました。
面接官が食らいつくようなキーワードを随所に織り込むとともに、
熱意を込めることも忘れませんでした。
それまで他校の面接を受ける中で、何度も「大学職員は楽というイメージを
持たないで下さい」
と聞いていたからです。

とはいえ、これはあくまで賭けでした。
いつものノーミス戦法で攻めれば、2次選考くらい確実にパスする程度の
自信はあったのですから。
熱意を込めたことで、熱血バカと受け取られれば逆効果です。
しかし、この心配は杞憂に終わりました。
当日の夕方には、次週3次選考というメールが届いたのですから。

D大学の1次選考後に少しだけ意欲を回復していた私は、名門私大の公募にも
履歴書を送っていました。
結果的にD大学の選考と日程が重なったために辞退してしまったので、
同時並行で受験できるのは2校くらいが精一杯だと思います。
正直、ここで名門私大を蹴ってD大学を受けるのは苦渋の決断でした。
D大学が最終選考まで進んでいるなら話は別ですが、途中にもう1ステップ、
3次選考があったからです。
それでも、D大学には何となく縁のようなものを感じるところがあったため、
先の選考に進むことにしました。

D大学の3次選考は面接官2人との和やかな会話でした。
志望動機などはあまり聞かれず、趣味や学生時代のアルバイトのような
話ばかりだった気がします。
私も調子に乗って、好きな音楽鑑賞の話などをしました。
面接官からは、見た目も真面目そうだけど、趣味も上品だねえ、などと
冗談を言われるような雰囲気です。
最終選考リストに乗った!という手応えを感じましたし、
その通りの結果となりました。
ちなみに、3次選考を受けたのは8名程度であったと思います。

B大学を最終落ちしてから1ヶ月、D大学の最終選考が迫りました。
最終落ちのトラウマから抜け出せない私にとっては、なんとも歯痒い1週間を
過ごしたような気がします。
今回こそ意思確認なんだろうか?、と。
最終選考当日、朝9時半の集合時間に集まったのは私含めて4人でした。
率直な感想としては、多い!っと思いました。
募集枠は若干名ですから、甘く考えても最終通過は2名です。
また嫌なトラウマが蘇ってきます。。。

さて、最終面接の順番は4人中2番目でした。
トップバッターは年齢不詳の女の子で、感じの良さそうなタイプでした。
きっと彼女は内定なんだろうなと思いながら待ちました。

そうこうしているうちに自分の順番になり、面接会場へと案内されました。
やや大きめの会議室に、学長と数名の役員が待ち構えています。
人事担当者は末席でメモ取りに追われていましたから、やはり学内では
偉い人たちなんだろうなと思います。

面接では、圧迫系のことをひたすら追求する人もいれば、私が何を答えても
「君はクレバーだねー」と褒めてくれる人もいました。
私は最終面接用のトークを準備して臨みましたが、あまりそういった方向に
話が進みませんでした。
やや不完全燃焼な思いを抱えながら、ともかく面接は終了しました。
その場で内定を出してくれるわけでもなく、勝手に帰ってくださいという
雰囲気だった気がします。

こうなると、あとは電話待ちです。
B大学と同様に選考結果はメールで通知するとのことでしたが、合格なら
電話がかかってくるものと確信していました。
帰り道もずっと携帯電話をにぎりしめて、電話を待ちました。
あまりに長い長い時間のように感じられました。

ようやく家に着いた直後、見慣れぬ固定電話から着信がありました。
いわゆる、キターーーー!!!という状況でしょうか。
予想どおり結果は合格で、最終の意思確認ということでした。

A大学の職員公募に応募してから約2ヶ月、季節は春から初夏へと移り、
数年ぶりの就職活動が終わったことを実感しました。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Buffer this page